博士課程の研究を経て、北海道で念願の医学研究開発業務に携わるまで
こんにちは。HealthCare Innovation Groupの中村早枝香です。私は2000年に新卒でフューチャーに入社、2012年に出産・夫の赴任先への移住を契機にいったん退職後、2019年にフューチャーに再入社したBTTF(※)組です。
本記事では、フューチャーではITコンサル・DX系の仕事以外にも研究開発・事業開発など多様な仕事があり、多様なキャリア経験を積めること、出産や大学院進学などライフイベントや家族の状況に合わせた柔軟な働き方ができることを、私の経験を通して紹介したいと思います。
金融フロント部隊として地方出張の日々
フューチャーに新卒入社した私は、主に金融チームのフロント部隊として、地方銀行を対象としたグランドデザインから業務要件定義、システム導入やシステム導入後のデータ分析提案などに従事していました。ヒアリングや資料の読込み、データ分析などでお客様像の解像度を上げ、課題や今後の方針を整理していく過程は、今考えても密度が濃く得難い経験だったと思います。
平日は地方で、週末は自宅のある東京に帰るという二重生活が、お客様ごとに数カ月から1年続くという毎日でした。振り返ると、札幌、岩手、福岡、大分、鹿児島など第2の故郷がたくさんあるみたいでどの地域にも思い入れがあります。
出産を機に札幌へ移住、育休後にリモートワーク第1号で復帰
出産を機に、子育ては一人では無理だと思い、夫の赴任先の札幌に移住しました。当時の金融事業部は地方にフロントチーム・東京に開発チームがあったため、リモートワークでも貢献できると考え育休後は北海道からのリモートワークで復帰したい旨を上司に伝え問題なく承認してもらえました。
仕事内容は、要件定義と仕様検討のどちらがよいかを確認され、リモートでの要件定義というフロント業務に自信がなかったため、仕様検討がよいとお願いしました。当時はSkypeを局所的に導入して打ち合わせを行う、おそらく自宅リモートワーク第1号ではないかと思います。
ただ復帰はしたものの、当時は周りにリモートワークをしている人がおらず寂しく感じることがあり、今住んでいる札幌での地縁が恋しく、人と会って働きたいという気持ちが高まり退職することにしました。
コロナ禍を契機にBTTFへ
フューチャー退職後は夫の所属する北海道大学の分子生物学の研究室の仕事を手伝っていました。バイオインフォマティクスの領域で、タンパク質複合体を探索するためのデータベースを構築し、関連論文も共著者になりました。そのうち自分自身でも研究をしてみたくなり、医学院に進学することにしました。高校生の頃、医学部に進学したかったのですが断念して情報学部に進学したので、医学研究に携わることは私の昔からの夢のひとつでもありました。
医学院にいるなかでコロナ禍となり、社会全体にリモートワークが普及したことをきっかけにフューチャーに戻りたいと考えるようになりました。大学院は基本的に個人で研究を進め、社会実装まで行うことはできません。医学・医療×フューチャーで、自分一人だけでは難しいこともフューチャーの人と一緒にならばできるのではないかと思ったからです。
ヘルステックを用いた研究開発・社会実装へ
フューチャーに復帰後は、大学院の先生から紹介された国立研究開発法人の先生と日本の医学研究予算を管轄するAMEDの公募に、統合失調症の診断支援医療機器プログラムの開発課題を共同出願し、採択され、複数大学・医療機関と共同研究開発を進めています。フューチャーに戻ってきた理由でもある、研究開発だけではなく社会実装までを見据えたプロジェクトということです。現在の精神科医療の在り方を変え、フューチャーの事業モデルのひとつになるものを目指していきたいです。
札幌での地縁については、子どもの成長とともに保育園での父母会や小学校でのPTA活動、子供たちへの絵本読み聞かせ活動などを通じて育てています。大学病院整形外科との大腿骨近位部骨折の骨折型評価モデルの研究開発プロジェクトもフューチャーで携わっていますが、保育園の父母会つながりをきっかけに立ち上げたものです。高齢者に多い大腿骨近位部骨折では治療戦略を間違えると寝たきりになってしまうためそれを予防する診断支援プログラムは社会的意義が高く、研究開発だけではなく社会実装を目指して進めていきたいです。
様々な経験を経た私がみなさんに伝えたいこと
このようにフューチャーでは、ITコンサル・DX系の仕事以外にも研究開発・事業開発など多様な仕事があり、場所や時間ににとらわれず、多様性のある働き方を選択できます。フューチャーで習得できる技術力は強力で、私の作成したタンパク質複合体探索データベースは今もHeroku(クラウドサービスの一つ)上で稼働しており、関連論文の被引用数は40を超えます。
また、大学ではフューチャーのような技術力のある会社との産学連携ニーズがあり、大学院に進学し研究を続けていることは、プロジェクトの立ち上げにつながっています。
皆様にもさまざまなライフイベントがあると思いますが、フューチャーで得た経験・知識・技術力はその後の財産になるということは確実に言えると思います。また、社内でもBTTFという名称がつくくらい当然のように、一度辞めてもまた新たな形でのチャレンジができる会社でもあるということもお伝えしたいです。
フューチャーで一緒に社会実装までできるやりがいを実感しましょう!